airei-mamaの主婦ブログ

飽き性から自己満ママに・・ママスキルアップ向上委員会

旦那と義母と私

私の人生最大の「迷い」と「決断」 

 

今回、すんごく長文になってしまいました。いつもの倍くらいあるよ!!お付き合いいただけたらうれしいです。

 

今日ふとしたきっかけで昔のスケジュール帳の間にノートを破って折りたたんだ闇ノートを見る機会がありました。そこには7年前の私がいました。当時の私はそれはそれはボロボロでノートを読んでて涙が出てきました。今ではあの時ナゼ離婚しなかったのか疑問なくらい。

 

旦那の秋くんとは出会って14年。結婚9年目です。大好きで大好きで、奪われ、奪い、遠距離という大恋愛でGetした旦那です。

 

恋に盲目だった私。将来の事なんかなんにも考えずに秋くんと結婚できる〜💗っという考えしかありませんでした。結婚前同棲もして、秋くんがお金がルーズな事はわかっていましたが、私が働けばいいし〜という浅はかな考え。今ならしっかりと何か手に職をつけなさいと念力を送りたいです。

 

結婚して。まずは健康保険と年金の未納通知書と携帯の未納通知書が届きます。○○万…私が払いました。秋くんは給料は低くなかったものの、そのほとんどを愛車とパチンコに使っていました。

 

それでも結婚2年目に念願の秋くんとの子供を授かり幸せだった私。家賃がもったいないとの理由で秋くんの実家で義母と半同居することとなりました。義父の本家が他県にあって義父母はそちらでも生活しており、月1こちらにくるという2重生活の為半同居でした。

 

ひまりが生まれてからはストレスが増えました。慣れない育児。働けないストレス。秋くんからは生活費が貰えないことも。パチンコでなんとかしようとするので、お金がなくなりひまりの出産祝いにも手を付ける始末。秋くんは仕事休みの日曜日はパチンコに行くので家族で出かけることもほとんどなく。私は2階の1部屋のみ自由に使え、1階は義両親や義姉義妹のものがあり1階に私の私物が置いてると散らかってるといわれるので靴も玄関に置けず車に積んでました。

 

今でこそ優しい義母も当時は大事な秋くんを嫁に取られて気に入らなかったのでしょう。息子は母親の永遠の恋人だからね」「お父さんはいずれこの家はあんた達の家だって言ってるけどこの家は私たちの家だから勘違いしないでね。」「こんな味付けの濃い料理、男の人は好きそうね。私はまだ死にたくないからね。」「人に家を貸すと汚くなる。大事な家なのに」等私と2人きりになったときに嫌味を言われるのでいつも義母がいるときはできるだけ2階で息をひそめていました。

 

義両親が来るときや義兄弟が泊りに来るときはいつもより念入りに掃除をしなければなりません。そんな秋くんは散らかし放題、、おんぶかおっぱい以外はぎゃん泣きするひまり。ストレスで泣きながら掃除をしていました。

 

義母の事がツライと言っても「母ちゃんがそんなこと言うわけないだろ。お前の被害妄想じゃない?」と言われました。秋くんが気に入らないことがあると髪を引っ張られ、机・壁・家電もめちゃくちゃに。それでも大好きな秋くん。親に言ったらもう離婚しておしまいになってしまうと思い誰にも言えませんでした。1度だけ締め出しされた時はひまりを抱え夜中に4時間かけて歩いて実家に帰った事があります。母に「秋くんと喧嘩した。お金もない」というと「電話したらお父さんが迎えにいったしタクシーで帰ってきたらよかったのに!!」と言われた時は涙があふれましたが1泊して秋くんのもとに帰りました。

 

光熱費も払ってくれずガスが止まり、電気ポットで沸かしたお湯と水でお風呂を作りひまりを入れ、私は水風呂に入ったこともあります。いつもどおりの日常で家にいきなり救急車が来た時はこの世の終わりかと思いました。

 

迷い

その時の私は、ひまりを残して世界からいなくなるか、ひまりと一緒に誰も知らない場所で2人で生きていくか、離婚するか毎日考えていました。毎日毎日誰か、誰でもいいから助けて。と部屋でひまりを抱きしめながら泣いていました。0歳で何もわかってないひまりですが、こんなママでごめんねと。ひまりには申し訳なかったと今でも胸が痛みます。

 

そんな私の未来の決断は…

ある日夜中に喧嘩した時、もう無理だとネクタイを引っ張り出しベランダにくくり飛ぼうと思いました。その時のネクタイが「お父さん使わないから秋ちゃんよかったら使って」と母からもらった父のネクタイでした。泣きながらその場に崩れ落ちたのを覚えています。

 

スヤスヤ寝てるひまりの横で鏡の自分をじっと見つめて、この子だけは絶対に幸せにしなくちゃいけない、自分のことを1番好きなのは自分。助けてくれるのも自分しかいないんだと思いました。

 

私は、死でも離婚でも逃亡でもなく、秋くんに一生添い遂げることを選びました。

 

それからは、悪口や責めるような発言は一切言わない事を徹底しました。私だって疲れてるのに。私の方が大変なのに。なんで私のことわかってくれないの。そう思うと腹が立ちますが、秋くんを気遣い、秋くんの居心地が良くなるように努めました。ありがとうとゴメンねの気持ちを常に伝えました。

義母の事も言うのはやめました。最初は尽くしまくって秋くんより早くこの世からいなくなって後悔させてやるというナゼそんな考えになったのかわからない復讐心で尽くしまくりました。

 

あれから7年。喧嘩も全くしなくなり、お金持ちではないけれど秋くんが頑張ってくれているおかげで生活基準が上がりました。子供たちと遊んだり、家族の幸せを第1に考えてくれるとってもとっても素敵なパパになりました。義母もとても優しく、何もしない私ですがいつも感謝の言葉をかけてくれ、いい関係が築けていると思います。

 

人に変わってもらうのは本当に難しいです。自分の考えを変えてこそ、後から周りの環境が変わってくれるんだなと思いました。でも自分の気持ちを変えるのも中々難しいですよね。

 私は全てを諦めることも大事だと思います。言い方悪いですけど。諦めたら気にならなくなります。許せないことも許せます。謙虚な気持ちを忘れずに今を生きようと改めて思いました。

 

今は育児はきついけど幸せ。今に感謝。私、生きててよかった。

 

大好きな秋くんはいつまでも大好きな秋くんで、一生一緒にいたい人で、最後は一緒の骨壺に入りたい。大き目のサイズで入るかな?

 

長々と読んでくれた皆さまありがとうございました。

 

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